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執筆者の写真MOTOSHI WAGATUMA

モイオットチャン・ストーリー 第二話 フミの場合

更新日:2022年1月14日



「先輩、マジで最悪っすよ~!」

「はいはい」

今日会ってから千回は聞かされたフレーズをスルーして、可愛い会社の後輩の山田にビールの入ったグラスを渡す。山田はぐいっと豪快にビールを飲み干し、「あーーーー」と叫んで、ソファから投げ出した足をバタバタさせる。

「だって大学からだから十年ですよ! 十年! 私の時間返せっつーの。もう三十だっつーの。ハートが千切れましたわ~」

「わかったから暴れないで」

私は完成した料理を皿に盛りながら、缶から直接ビールを飲む。

「でもさ、結婚してからじゃなくてよかったじゃん」

「そりゃそうですけど……」

「で、なんて言われたの? 十年付き合ったその彼に」

「いや、なんか話があるって呼び出されて、渋谷で会ったんですけど、ダラッダラ、ダラッダラ歩いて店に入んないんすよ。どこか入ろうよ、って言っても『うん……』とか言って、深刻そうな顔して、青学を通りすぎて表参道に入ったあたりで、ああ、これ別れ話くんな、って気づくじゃないですか? けど、自分から聞くのは絶対嫌だったから、意地で歩きまくって外苑前を通過して……あ、だからこの近くですよ。ワタリウムとかあるあのへんで、『俺、お前と結婚とか無理かも……』ってボソボソって言い出して、ハアって感じっすよ。ハアって」

山田は「飲んでいいっすか」と言ってキッチンに置いてあるハイネケンをグラスに注ぐ。勢いが強すぎてグラスの半分以上が泡になってしまう。

「同棲するか、って言って物件まで見に行ってたんすよ? ムカつきません?」

焼きあがったチヂミを皿に盛りつけて、スキレットにごま油を塗って白米を広げる。

「ねえ、人類が誕生したのってどれぐらい前か知ってる?」

「なんすかソレ」

「だいたい七百万年前。地球が誕生したのは四十六億年前。もし地球の歴史が二十四時間だったら人類は一分ちょっと前に生まれたことになる」

「えー! マジっすか。じゃあ、キリストが生まれたのなんか秒じゃないっすか」

「秒だね」

「……なんかアレっすね。諸行無常を感じちゃいましたわ」

私は思わず笑ってしまう。

「そういえば先輩ってなんで独身なんですか? ポリシーっすか? というか先輩の恋バナ自体聞いたことないかも」

「私だって……」


私は今まで付き合ってきた恋人たちを思い出そうとする。一人の顔が浮かんでは消え、一人の名前が浮かんでは消える。髪の長かった恋人の名前はなんだっけ? 京都に旅行に行ったのは誰だった? 遊園地に連れていってくれたのは? 

ドライブで銀座をすり抜けた夜、アラン・デュカスで華奢な前菜にナイフを入れた感触、降り注ぐイルミネーション――それらの断片が瞬く。それらはどうしようもなく過去だった。

それなりに恋愛をしてきたつもりだったけど、もしかしたら「つもり」だったのかもしれない。私は恋が終わったとき「ハートが千切れた」りはしなかった。その事実を受け入れて、冷静に現実を生きた。極めて現実的に。

ビビンパが仕上がり、ソファに深く腰掛けている山田を横切ってテーブルに並べる。頭では別なことを考えていても、身体はしっかりと動いてしまう。これが私なんだ。多分。


「まあ、あれだ。食べよう。明日のために」

「そうっすねえ、つーか、さっきからめっちゃいい匂いすんなーとは思ってたんですよね~」

私たちはサムギョプサルを食べ、チヂミを口に放り込み、ビピンパを部活が終わった後の高校生のようにガツガツと食べる。

「長く付き合ったという時間は大切だけどさ、もっとあるんじゃない? 大切なものがさ」

私は無限に時間があったように思われる学生時代を思い出した。安い居酒屋と身のない会話。明け方のゴミが散乱したアスファルト。

「そうっすかねー……ん? これなんすか」

「チリソース。友だちにもらった」

「モイ、オットチャン? なんかバカみたいな名前っすね」

ウケる、と笑って山田はソースを手に取る。

「かけてみ? 辛くて美味いよ」

山田は「へー」と言って、サムギョプサルの上にダラっとかける。

私は、かけすぎたな、と思ったけれど口には出さない。

「辛っ!!」

めっちゃ辛、めっちゃ辛と騒ぐ山田はビールをゴクゴクと飲んで、「あー辛ー、でも美味ー」と言った。そして、自分で好みの量を調節しながら山田は「辛ー」「美味ー」を繰り返して目の前に並んだ料理を胃袋に収めていった。

「辛い辛いって騒いでる人ってさ、バカみたいだけど幸せそうだね」

「たしかにー、辛ー美味ー」

私は笑う。そして心の中で山田に「がんばれ」とエールを送る。そして自分にも。

「よーし、山田、私も恋愛頑張ってみるかな」

「ハア? 先輩はこれ以上頑張らないでくださいよ。高嶺の花として咲き誇り続けてもらわないと……」

「山田、口から白髪ねぎ出てる」

「マジっすか?」

「マジ」


私たちは地球からしたら「秒」といえるような時間を生きている。そして飲みかつ食らう。明日のために。




ちょい足しレシピ サムギョプサル


【材料】

サムギョプサル


 豚バラ肉(塩だれで下味をつけておく)

 サンチュ

 大葉

 彩り野菜(きゅうり、白髪ねぎ、パプリカなど)

 キムチ

 ナムル


【作り方】

①野菜を食べやすい大きさにカットする


②下味をつけた豚肉を焼く


③サンチュと豚肉、お好みの具材を巻いて過去の恋愛を忘れてほおばる


④二巻き目からはモイオットチャンを加えて味変


ビールも必須のリセットレシピ





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